古き良き時代の情緒おすすめ度
★★★★☆
荷風が投影された「わたくし」こと大江匡は、小説『失踪』の主人公種田純平の行動と心理の取材と、隣の部屋のラディオがうるさいという理由の為、向島は玉の井の私娼窟で出会ったお雪という女性と出会い、足繁く数カ月通うことになる……。
この作品は、荷風の幾分厭世感にも近い、古き良き時代への懐古心というものが如実に表現されていました。現代的なもの、新しいもの、見掛倒しなものに、荷風は些か嫌気が差していたのでしょう。銀座などの東京の中心ではなく、浅草という東京の周辺地方に自然と向かう大江の様子を通しても、そういった感情がヒシヒシと伝わってきました。また、大江とお雪の関係性が非常に美しく、会話も綺麗で、本来あるべき日本人の情緒ないし人情を感じることが出来ました。経済的な利益に惑わされずに、おでん屋を開こうとするお雪の生き方にも、頗る共感しました。
話の途中で、話し言葉ならまだしも、本来「わたし」と書くところを「あたし」、或いは「だけれど」と書くところを「だけど」と書くことに、大江が抵抗感を持ってるという表現がされていましたが、私はそれを今の時代の、卑猥な言葉とも言えぬ言葉が氾濫したネット社会における書き言葉に対する、私個人の抵抗感と重ね合わせて考えてしまいました。昭和初期で既に失われつつある日本に危機感を覚えていた荷風が、現代の殆ど完全に欧米化された日本の様や、このネット社会で用いられている言葉を観たならば、一体どんな気持ちがするのでしょうか。
それと、谷崎の『痴人の愛』を読んだ時もそうでしたが、私は一時浅草で仕事をしていた為、場所を想像しながら読めました。そして何よりも、頻繁に埋め込まれている木村荘八氏の挿絵が、それを後押ししてくれました。いずれにせよ、短い中に、哀しく美しいノスタルジーを感じられる名著です。
静かな感情おすすめ度
★★★★☆
静かな感情が緩やかに流れている物語でした。東京の下町を舞台に老小説家とお雪との情の交流を綺麗に描いています。決して激しく交わることのない二人の感情。それが時間が進む上で近づいていきますが、決して交差することはないのです。
墨田川の辺で数多く起こったであろう、「綺譚」の一つ。昔の東京人の粋をいろいろな場面で感じることが出来ます。
映画と比較しておすすめ度
★★★★★
この作品は津川雅彦と墨田ユキで映画化されましたが、映画も情感あって、
ただ肉体を売り買いしている人肉市場ではなく、荷風の文章が持っている
情感まで伝えているような気がしました。小説としては、もういい歳の
上品なオヤジが若くてきれいなユキに惹かれて行く筋立てが、気持ち好いです。
挿絵も素晴らしいし、何度も、どこからでも入れます「抜けられます」。
下町がますます好きになる!おすすめ度
★★★★★
これを読むと、『男の人も情をもつのだあア』と安心する。
お雪さんにも語り手の大江氏にも感情移入するから、胸が苦しくて一気に読めなかった。
一度読み終えてからは何度も読み返すことになった。
荷風先生の文章は超!魅惑的。
ラディオの音がうるさくて・・・おすすめ度
★★★★★
「わたくし」=大江匡が、玉の井に通い始めるに至るいきさつは、執筆する小説の主人公が失踪して落ち着く先を取材するためと、隣家のラディオの音が気になって執筆や読書ができないというもの。ぷらぷら歩いていると突然の雨。いつも持ち歩いているこうもり傘を開いたそのとき、真っ白な首をつっこんで「入れてってよ。」と入ってきたのがお雪だった。
明治生まれ・明治育ちの「わたくし」(荷風自身でもある)が、大正育ちの人々を「現代人」と批判し、特に震災後に復興した新しい町並みや文化を受け入れられずにいるのが、現代の便利な社会や若者文化に馴染めない中高年には何とも共感できる。
ラディオの音のしない、風鈴と蚊の羽音だけが聞こえるお雪の家で過ごす時間は、初老の作家にとっても、客をとる生活をするお雪にとっても、何ともほっと落ち着く日常とは異なる別世界であった。
今、「隠れ家風」の飲食店が流行だが、いつの時代も人は落ち着く隠れ家を求めるのだろうか。
木村荘八の挿絵が見事で、ますます想像をかきたてる。行間もたっぷりとってあり、他社の文庫本よりもはるかに読みやすい。
上出来
おすすめ度 ★★★★★
大変良く出来ています
。TOP100ランキングに入っているのでご存知の方も多いと思いますが、
感動やドキドキ感を手元に置いて、私同様に何時でも手に取って思い返して頂きたいと願います。